インタビュー紹介

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荒井 千佳さん

荒井 千佳さん

菊正宗酒造株式会社
生産部工務グループ
「師匠の“音”を目指して」

会社情報

菊正宗酒造株式会社
【所在地】
(本社)
兵庫県神戸市東灘区御影本町1-7-15
(樽酒マイスターファクトリー)
兵庫県神戸市東灘区魚崎西町1-9-1
【事業内容】
清酒「菊正宗」「百黙」・焼酎・リキュールの製造販売、化粧品・食品の販売、清酒関連文化事業 他
【社員数】
 210名(男性140名:66.7%、女性70名:33.3%)※令和5年4月時点

「師匠の“音”を目指して」

1659年神戸・御影にて創業した菊正宗酒造。江戸時代から多くの人に親しまれ生酛造りの日本酒を現代に引き継いでいます。全国シェア約8割を占める樽酒壜詰を、今後も安定的に供給するとともに、酒樽づくりという伝統継承のため、2013年からは樽職人を雇用し、製樽事業にも取り組み、2017年に樽酒マイスターファクトリーを設立しました。製樽場では菊正宗の樽酒の味わいに最も適している吉野杉を使用し、職人たちが1年を通じて酒樽づくりをしています。今回は、全国でも数名しかおらず、社内では唯一の女性樽職人として活躍する荒井千佳さんにお話を伺いました。

カンナの音に惹かれて、樽職人の世界へ

Qこの仕事に就こうと思ったきっかけを教えてください。

 菊正宗の蔵開きに参加した時に樽づくりを実演していて、カンナの音を聞き「あっ。いい音!」とすごく感動したのがきっかけです。樽をつくっている姿がとてもかっこいいなと思いました。
 実演終了直後に「かっこよかったです。電話番号交換しましょう」と、製樽マイスターである現在の師匠、田村さんに母と二人で声をかけました。汗だくの時に。最初はナンパだと思われていたみたいです(笑)。それまでアパレルに勤めていましたが「樽職人になりたい」と田村さんに伝え菊正宗に入社することになりました。

きっかけとなったカンナがけ作業

Qどのような作業を担当されているのですか?

 製樽が主な作業です。竹を割ったり箍(たが)を巻くなど材料の準備を含め、現在も勉強中です。2年ぐらい前から工程を一通り出来るようになりましたが、天然木を扱うので自分だけでは対処しきれない問題が多く、毎回師匠に聞く必要がありました。
 今はその日の課題を与えられて、1人で作業をしています。ただし、けがにつながる可能性もあるので、不明な点があればすぐ質問するようにしています。

Qこの仕事にかける思いを教えてください。

 樽づくりをやりたくて入った頃と今もその気持ちは変わりません。楽しいという気持ちも。自分の納得のいく樽づくりが出来ればいいなと思っています。
 また、師匠たちも会社員なので、10年たたずに定年を迎えます。そのため、「ここ5年くらいの間に師匠のコピーになれていなければ自分の仕事がなくなる」という危機感を持つようにしています。製樽の行程で問題が起きたときに自分ひとりで対処出来ないと、何も出来なくなってしまう。切実です。
 伝統を引き継ぎたいとか、これを残したいという思いよりも、ただ、この仕事が本当に好きで、やり続けたいという気持ちが強いです。尊敬している二人の師匠のまずはコピーになるために、師匠の技術を吸収しなければと思っています。今後結婚をしても子どもが出来ても、この仕事は続けたい、一生の仕事だと思っています。
 師匠はこの道35年なのに、まだまだ自分自身完璧ではないと言われています。師匠が完璧だと思う樽を作る前に、私は先に完璧だと思う樽を作るぞ!という気構えでいます。

Q女性であることで努力・工夫を必要とされていることはありますか?

 筋トレは基本です。無理はしていませんが、やはり力仕事なので、できるときにできるだけは励むというモチベーションで日々続けています。
 力が必要な工程では、嫌なことを思い出して打ったり、Vシネマで見た「力尽くじゃなく振り下ろす力を利用する」という台詞からヒントを得て、高い位置から器具の重力を利用する打ち下ろし方など工夫しています。また普段の生活の中で、ふと「使えるかも」と思ったことを試したりします。
 師匠たちは私の力ではできないことを一緒に考えてくれるので、とても感謝しています。最初の頃は「これが出来ないの?」と驚かれていたのですが、一緒に「こうしたらどうだろう」と他のやり方を考えてくれます。だからこそ自分でも筋トレを欠かさずにやらなければという気持ちになります。「これくらいはできないと樽づくり無理だよ」と言われることもあるのですが、見捨てるのではなく、「ここまで頑張ってついておいで」という意味の言い方をしてくれます。

振り下ろす勢いを利用して、打ち込む力を強める

Q上司・同僚に認められる働き方とは?

 これまでの仕事で師匠から合格が出たことがないので、認められているとは思っていません。

Q師匠からはいかがですか?

(田村さん)努力はもちろん認めています。正直なところ、はじめはくじけるだろうなと思いましたが、分からないなりにも、やろうという意思が見えました。3年前くらいに「出来ました!」と、製作した樽を自信満々に見せてきたのですが、正直に「ここがあかん」と言ったら、ポロッと1回だけ泣いたことがありました。それから性根を入れたというか、目に見えて頑張り出したかなと思います。

 その時に女性だから泣いたと言われるのが悔しくて、今後絶対涙はこぼさないと決めました。ただ、未だにその時製作した樽の何がダメだったのかは、分かりません。いつか絶対OK出してもらおうと思い、頑張っています。

(田村さん)その時にOKと言ったら、調子にのったまましょうもない樽を作るようになるからね。

 作業中の師匠の音と自分の音は全然違います。研ぎ方とか、力の入れ方とか、いろいろな要素があるとは思いますが、目指すのは田村さんの音、その音を求めて日々作業しています。もう1人の師匠である、竹割の師匠もすごくいい音を出すんです。

共に「伝えること」を意識する

Qくじけそうになったときのモチベーション維持の方法はありますか?

 師匠たちに全部言います。アドバイスをもらいます。仕事に対してくじけそうになったときは、社内の人に全部聞いてもらいます。仕事のことは社内の人しか話が分からないので。

Q師匠は作業のことから悩みまで聞かれるのは気にならないですか?

(田村さん)「見て覚える」という自分の時代のやり方では、今は難しいのかなと。出来ることは全部教えていこうと思います。教えてできていなかったら、自分の伝え方が悪いのかな、と伝え方を変えてみます。離れたところで作業していても、違うことをしていたら音が違うから分かります。「違う音がしてるぞ」と思って見たら荒井もこっちを見てる(笑)

「あっ」と思ったら、もうばれていますね。師匠が二人同時に飛んでこられるときもあります。最初から、「何がしたい」「何でも聞いて」と聞きやすい環境にしてくださっていたので、それがすごくありがたかったです。

Q人間関係で気をつけていることはありますか?

 男性しかいない世界なので、あまり踏み込み過ぎないように、女性同士とは違う距離感を守るようにしています。女性同士だと昨日何食べて美味しかったとか、世間話ができるのですが、男性はそういう話に興味がないので。
 あと女性特有の体調の変化とか、理解してもらいにくいことについては、反対にきちんと声に出して伝えるようにしています。意識してわかりやすく言います。どの作業なら出来るのか、何が無理なのかを伝えます。言葉に出して言わないと伝わらないし、迷惑をかけることになりますから、そこは気をつけるようにしています。

Q新しいことにチャレンジする方たちへのエールをお願いします

 「頑張って」としか言えないです。やりたいと思うことならエールがなくても自分で頑張ると思います。私も今でこそ取材を受けたり、エールをいただきますが、最初の頃は社内ですら上の人たちは半信半疑で、絶対出来ると思っていなかったので、適当なエールしかなかったと思います。ですがエールがなくても信念があれば自分で頑張るので、言えることは「くじけないで頑張ってね」です。

師匠の田村さんと